第10回(2010年度第3回)監督術:杉井ギサブロー

アニメーション監督術、第10回(2010年度第3回)は杉井ギサブロー監督
アート・アニメーションのちいさな学校では2回目の講演会です。
●参考:第1回アニメーション監督術 杉井ギサブロー
ご存知、アニメーションの歴史エキスパート、原口正宏さんをコーディネーターに迎え、会場は杉井ギサブロー監督ファンで賑わいました。
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講演会の様子を杉井監督と原口さんの会話形式でまとめます。
制作の詳細から、杉井監督のディレクション・アニメーション・アニメ・映画の本質的な考えに話が膨らみ集中しました。
全体を読んでもらって、現在杉井監督がリアルタイムに感じていることを大きく把握、感じてもらえたらと思います。

●はじめに
杉井:「原口さんの面白い切り口を交えながら、気楽に面白く整理しない話をしようと思う。」
原口:「杉井さんとは“悟空の大冒険”や“どろろ”のインタビューの際に一緒にお仕事させていただきました。まんが日本昔ばなしの絵コンテをメインに杉井さんの映像の魅力のエッセンスをお話できたらと思います。」

タッチ/銀河鉄道の夜
虫プロダクション・東映動画のアニメーター後、35歳で10年間の旅に出て45歳で現場復帰してから銀河鉄道の夜と同時期にタッチを監督。
●ぶつかった壁
杉井:「アニメーションは絵画性があるもの。アニメはキャラクターの動きを外から捕まえて物語を語ること。内面的なものを表現したいとすると、説明的にしなければならないのか。カット割りだけで物語を語るには限界がある。人の内面を描けないものは自分の一生を費やすのに値するのか?」

そして杉井監督が10年の旅の終わりにいきついたもの
アニメーションはある種の伝達機能であるから、人の内面を描けるのではないか。

(この頃あだち充作品に出会います。)
杉井:「動きそのものの、ある種の伝達機能を「内面表現」に使えないか?
例えば、猫が歩いている。どのように歩いているのか、動きの情報をインプットしているけど、自然なために情報の伝達機能を意識しない。
スピード・速度は情感である。ムードを出す時に、ゆっくりだけでなく演出家の想いで情感を入れる。」

★「タッチ」(テレビシリーズ)OP
〔全シリーズ総監督・OP/ED演出コンテ担当〕
杉井:「OPは表紙。映像5-10分の間にどんな切り口で観てもらうか鑑賞者と意識的にコミュニケーションする。初めの10分でお互いの約束を取り交わす。監督の仕事は、つくり物の世界・架空の世界に必要な理解を示すためにスタッフに基点を伝えること。」
原口:「カメラがゆっくり横パンする杉井さんのスタイルですね。タッチにはキスシーンやみなみの表情などみえない場面がありますよね。熊のぬいぐるみが落ちたりする方をみせて。(みたいのにずるい!)」
杉井:「みた人の想像が大切。上手く描いても絵では描けないから、みてる人の頭の中で描いてもう。全情報は送らない。映画のよさは観客の脳の中で増幅可能なこと。映画芸術の特質はみてる人に描いてもらうことが有効であること。
“どろろ”でも、切る瞬間は描かない。この頃は内面性表現までいっていなかったけれど、スポンサーがカルピスで血が描けなかったというのもあるし、切るという行為は切ったことが問題でなく切ろうとする意識が重要。切るのは物理的な行為でそこには暴力性や残酷性はない。」
原口:「カメラワークで杉井さん演出意識的にしたことはありますか?」
杉井:「若いときから表現するとき材料の欠けているものを意識する。アニメーションは絵画。絵画は記号。映像言語である。絵画の質感・記号性で表現する。リアルなドラマをリアルな絵画で表現する。だけれども、限界がある。」

杉井:「映画は関わる人によって生き生きする。一人でつくるのではない。映画は総合芸術である。映画は生きている。色んな人が関わることによりそれを受け入れて映画が変わる。絵コンテは監督のメモやプランニング。実際作るのは関わった人。骨格がしっかりしてると大丈夫。」
原口:「集団作業ですからね。プランニングが変化していくことに良さがありますよね。」
杉井:「映画は各芸術家、音楽家、演出家、脚本家等、共同作業に本質がある。絵画や彫刻とは違う。映画芸術を“生きる”成り立ちとしてつくる。」
原口:「総監督は他芸術家に手をいれるから、杉井さんがつくるから杉井さんらしくなるとは反対に、他人がやったものがベースで杉井さんらしくなるということですね。」
杉井:「映画は抽象的。素材を組み合わせることによりどう世界をつくるのかということ。
演出家の仕事はディレクション。ひとつの素材をひとつのまとまりに関わった人たちでまとめていくこと。例えば5つのマッチ箱で表現するというようなこと。」

原口:「手直しの工程で一番手をいれるのはどんなところですか?」
杉井:「映像言語ですから、例えば人の頭の上にどの位の空間があいているのかということが観客の心理に影響するので、そこはこだわる。
ラッシュ前テスト時提示されているものが違うものとしてあがってきている時は良いところは受け入れる。自分が思っていたものを受け入れるということは、以後全部受け入れて変える覚悟がいる。“絶対”という振り幅を広く持つ。最終的にあがったものに納得できるか、その変化についていけるか自分を試すようなところはあります。
作る過程で変わったほうが良いという考えです。それは映画が生きているということ。
監督のプランニング通りにあがる作品は僕にとっては死んでいる。そういう芸術家もいるけど、プランでしかない。」
原口:「杉井さんのやりたい指示の中で直したいところはありますか?」
杉井:「コンセプトから外れているものは手をいれさせてもらう。全部“整える”はする。」

原口:「杉井さんの現場は実写映画っぽい現場ですよね。」
杉井:「デジタルによりやれることの幅が広がった。アナログでは全部とり直しのところを直したいところだけ直したり、合理的ですよね。そういう意味ではデジタルは素晴らしい。」
杉井:「タッチ以降、アニメだけでなく、映画とは何か?絵コンテの意味を考えるようになった。」

アニメ素材ではなく演出としてカメラのみ動かす際、ゆっくりとしたカメラワークが最小限のスピードをどこまで出せるか撮影さんに挑戦してもらったそうです。
結果、最小単位は1コマで0.175mmのカメラ回転。
すごい・・・!
速度にこだわった演出が際立った作品が手塚治虫原作「陽だまりの樹」。

★「陽だまりの樹
●手塚治虫作品について
杉井:「手塚さんはプロの漫画家ですから、漫画サービスが上手い。漫画っぽさを取り入れるのか排除するのか、作家の作品要素を解体して組み直します。映画は文学とは別作品。あだち充(作品を手掛けた時)も一緒。漫画文学の時間軸を映画の映像時間軸にする整理をする。そうしないと映画作品にならない。どの作品にもする。原作骨格きっちり生かして、映像作品としてつくり直す。原作と変えないで欲しいという作品はやらない。変えないことは出来ない。変わって当たり前ですから。カット割りに変える時に、何を変えて変えないかそれぞれの監督がそれぞれのやり方で整理しているのだと思います。」

原口:「OPのコンセプトなんかはありますか?」
杉井:「原作では桜の木。「若者の詩」とダブるのを避けて違う木にした。
歴史、万二郎 の死は何であったのか、歴史は女が引き継いでいる、というのをシリーズ全部で表現したかった。」
原口:「これも斬った瞬間を写してないですよね。」
杉井:「刀は使う目的によって意味が異なる。武器を持つ人間の使い方によってアニメの中の使い方が違うことにこだわった。あとは、月夜をリアルに表現したり、心理的空なんです。雲の動きで緊張感を表現したり。
EDでは、女が歴史を引き継いでいる様子をやりたかったけど、予算がなく出来なかった。一つの歴史のメッセージとして本当はそこまでやりたかった。
キャラクターは日本人の二代典型ですよね。良庵はファジー。時代に対応。こんな人ばかりだと日本は安泰するんじゃないかな。一方万二郎は、ならねばならないというような人。
解体して要素を足すと映画的に膨らむ。」

杉井:「アニメーションとアニメをわける。アニメーションは絵画性。アニメはアトム以降映画演劇に近い。この2つを混ぜるのには抵抗がある。カメラワークにより情感があるのは映画的な発想であってアニメーションの発想ではない。」
原口:「作画主体だとカメラは動かないのがアニメーションですよね。作画ではないところに入る映画的演出家の目線ですね。」
杉井:「メタモルフォーゼはアニメの醍醐味。アニメーターは上手くなると素朴なものに感動しなくなる。ドラマには使いにくいけれど、絵画性ならもっと自由であってよい。動きでみせるアニメーションなどドラマとは別の表現がある。絵画的、映画的要素をミックスして制作している。」

カメラワーク際立った作品。
★「まんが日本昔ばなしー三枚のお札ー
〈コンテ〉
杉井:「丁寧に描いた。カットつなぎでリズム感を伝える。目のショックをやわらげるためにカメラはゆっくり。和尚・小坊主にカメラを振分けして2人のいる場所をカメラワークで認識してもらう手法。カットでも位置関係が分からないと鑑賞者が欲求不満になるのでアングルなどなんらかの形で位置情報を意識的に入れる。(位置情報を無視するアニメーションもある)
スピードや見せ方を使って心理的に代弁させる。
演出プラン、切り口は軽快さと小坊主、和尚の持ってる性格、味を出すこと。」
原口:「キャラクター杉井さんデザインですか?」
杉井:「そうです。柔らかい動きを作品にわざと入れてアニメーターに慣れさせることをしました。固い動きしかできなくらならいように。僕はわりと現場にべったりしています。レイアウトも作画も全部チェックする。固い動きしか描けないアニメーターには柔らかいアニメーションのよさを解説する。
意識的にカメラワークを使ったのと、キャラクター表現をした。
作品世界は全部つくり物ですから、戦略です。演出は戦術。細かい約束事が整っているほどみ易くなる。映像世界は架空なので精密機械のようなものという認識。」
〈アニメ〉
杉井:「企画と脚本を担当。2パターンの原案からつくった。シナリオ化したものと原話からと。作画スタッフはベテランだった。
民話は経緯を書くと文学になってしまう。人間のキャラクター性を出しつつ民話を語ることに挑戦した。
この頃は旅に出ていたので会議がなく絵コンテは見ていない。絵コンテについては35歳から間逆の考えになった。(今は)原画のようなコンテは個人的には好かない。本筋と関係なくスタッフとの関わりで膨らむのが良い。
リズムテンポを大切にしたカメラワークと心理的描写に挑戦。」

★「まんが日本ばなしーOPー
〔作画監督:前田庸生)(「タッチ」「銀河鉄道の夜」アニメーション監督)〕
杉井:「12支の中で竜だけが架空の生物。夢に子供がのっているというメッセージ。民話の語り口にあった演出をした。」
●宮沢賢治作品について
杉井:「宮沢賢治作品は3本つくりたい。1作目は「銀河鉄道の夜」、2作目の「グスコーブドリ」では原話を生かしていかようにも映画世界につくることが可能であるということに挑戦したい。原作を解体する。宮沢賢治の作品は深く分解すると矛盾があちらこちらにある。原本にこだわらずに抜本的にオリジナルとしてやる実験。賢治が童話に託した目的、複数の少年である抽象的なキャラクターということ。人間ではだめ、猫。抽象的存在の意味を猫で代弁した。3作目は20年後にもう一度「グスコーブドリ」をやるとか言ってるかもしれませんね(笑)。」
原口:「杉井さんが原作の解釈に挑まれてることについてじっくり訊きたいですね。」

●最後に原口さんからコメント。
原口:「杉井さんは(監督術の講座として)もっと回数をかけないと。シリーズ化したいですね。」

アニメーション界、大監督の講演会。1度や2度ではお伺いしきれないです。2時間あっという間に過ぎてしまいました。

Q&Aからの杉井さんの言葉
銀河鉄道の夜
・詩は言葉の音楽。意味をとるのではない。
・詩の朗読や音楽性は重要な要素。
・宮沢賢治にとって「自己犠牲決別の書」、「生と死の交流場所」ではないか。
・みやすい映画とは物語を解説的にみせる、または意味をわからせながらみせてくれるもの。
・映画を人が感じとるということが大事。
・わざと説明的に描かなかった。
まんが日本昔ばなし
・新しい語り口で語らないと生きた民話にならない。
・20年つづいたのは、民話をこわさないために骨格を崩さないよう箇条書きルールをつくって過剰な脚色をしなかった。民話はメジャーであるのと時代も良かった。
・子供が全部わかって親に何もきかないテレビ番組は良くないので、子供に解からない言葉を避けて通らない。
・世界観をおおきく持つ。裸をだすとかあえてNGのことをやる。 

懇親会
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ギザブロー監督ファンから各々個人的質問が出ていました。
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一人一人と穏やかに会話する監督。日本昔ばなしエピソードで盛り上がります。
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原口さんも生徒に大人気。生徒もアニメーションについて詳しく訊けるのでたくさんの質問が飛び交います。大好きなアニメーションについて熱く語る原口さん。エネルギーいっぱい!

★ 鑑賞作品

杉井監督のお人柄や会場の雰囲気を書くため重複した内容や表現など多数あります。
ご承知ください。
長くなりましたが最後まで読んでくれてありがとうございました!

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次回のアニメーション監督術も詳細が決定次第お知らせします
アニメーション制作にご興味のある方、ぜひご参加お待ちしています
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by 2008_smallschool | 2010-05-29 10:05 | アニメーション監督術
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